こんにちは。絵と文のイラストレーター、「さくらみ(さくらみゆき)」です。
こちらでは、イラスト制作風景や、日常の中のやさしい時間、
心躍るひとときを、イラストでお伝えしていきます。
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人間の心、仏の心(^^)
今日は仏教のお話をお送りします(^0^)

ただし、私は宗教家ではなく、
一介のイラストレーターで
ありますゆえ、個人的に
おもしろいなあと思ったところだけ、
抜粋して
お送りしますラブ


十界

さて、お釈迦さまの
教えによりますれば、
瞬間・瞬間に変化していく
人間の生命の状態は、
上記の十の段階の状態に
分かれるそうです。

いちばん下からまいりましょ。

まずは「地獄」
      →これは「怒り」
       
に翻弄されている状態です。

次に「餓鬼」→「我欲」に振り回され、
       「不足」ばかりを見ている
        状態です。

次が「畜生」→これは「本能」だけで
       生きようとしている状態です。

次に「修羅」→自己本位で、
       自分にしか愛情を持てず、
       そのためいつも、
       愛に飢えている状態です。
       人よりも常に勝っていたいと思い、
       嫉妬の心を抱えています。


なるほど、これを見ると、
「怒り」がどれほど、
低い状態を指すのかわかりますね(^^)



そしてその上が「人間」。
やっと馴染み深い言葉が出てきましたが、
これは「人と人との間で苦悩している状態」
を指すのだそうです。


人間

  人間には、いろんな苦しみがあって、
  逃れられない…

そんなことを言うから、仏教は暗いんだ

なーーーんて思われてしまうかも
しれないけど、
「自分だけはそんな苦しみとは
 無縁だなあ」
って思って生きている人が多く、
その思い込みが、
すなわち「迷い」や「不安」や「恐れ」、
「傲慢さ」や「欲望のままに生きる」
などを生み出す
根源にもなっているのだそうです。



かく言う私も、
苦しみが何であるかを
ちっともわかっていない人間であります。





さて、そんな人間のよく目指す所が、
「人間」の上の、「天」です。

これは、「天国」を指しているので
理想が実現した状態です。

一見良い状態と
思われるかもしれませんが、
この「天国」とは、仏教では
「迷いの世界」の一つとされています。




何故なら、理想が実現したために、
得意の絶頂となり、
思い上がってしまったり、
自己反省や向上心が見られない状態に
なってしまうからです。

ここまでが「六凡」とされ、
「迷いの世界」
とされています。





…う〜〜ん「天国」が
迷いの世界であったとは…(^^;)


仏教は奥深いですね。



でも、皆さんも心の底で、
このことは何となく
わかっていたような気がしませんか?

どうやら、本当の安らかな世界とは、
理想の実現した「天国」よりも、
もっと上にあるようです。





さて、天国を抜けると、やっと
「悟りの世界」、
「四聖」にたどりつきます。

まずは「声聞」。
これは、人の話をよく聞き、学ぶこと。
向上心に満ちた、素直な境地です。

ただし、この段階では、
まだ耳学問に酔っている
に過ぎません。

そこで、さらに修行を重ねると、次の
「縁覚」の境地にたどりつきます。

この「縁覚」が面白いなあと
思うのですが、
師から教えを受けることなく、
自分一人で真理を
悟る段階なのだそうです。

ただ、悟ったことに酔いしれ、
人を避けて仙人のような
生活を送ってしまいがちな心境
でもあるみたい。
かのお釈迦様にも、そんな時期が
あったそうですヨ。


大切な時期ではありますが、
この時期を続けるのは
自分の悟りを願うだけの
利己的な姿勢。

そこで、今まで縁によって
覚ってきたことを
人の間に降りて説き、
広く伝えていく…
という境地を目指すことになります。




ここまでは自分の悟りでしたが、
この先の「菩薩」「仏」になると、
完全な利他行の実践者
となります。

自分のためではなく、
人のために生きる。

お釈迦さまやキリストのように
ただただ、人の悟りを願い、
自分がボロボロになっても構わず、
迷いなく突き進んでいく状態です。



ところで、最上界の「仏」ですが、
この心に通じるのが、
「諦める心」を持つことなのだ
そうです。

ただ力なく諦めるのではなく、
ものごとを「明らか」に
ながめて受け入れること。

言葉で言うのは簡単ですが、
なかなかできないことですよね。
「怒り」の対局にあるもの。

この心ができると、
宇宙や生命と一体となった境地と
なるそうです。


十界




この十界は、
ひとりひとりの人間の心のうちに、
全部が備わっていて、
瞬間瞬間、明滅しています。

怒りが生まれて抑えられない時は
「地獄」です。
自分に満足できない時に
生まれてくる心は「餓鬼」、
食欲、性欲、睡眠欲のとりこに
なっているときは
「畜生」だし、
自分ばっかり愛してほしいと
思っているときは「修羅」です。
良い気になっている時は
「天国」だけど、
それも気の迷いにすぎない…。




そしてね、最後にひとつ。
この十界の勉強で、
すっごく面白いなーって思った
ことがありました。

なんと
「天国」からは、
上の悟りの世界「四聖」には
行けないのだそうです。




「四聖」に行けるのは、
悩み多き「人間界」からだけ。

人間


つまり今、何か悩んでいたり
苦しいことがある人は、
悟りの世界にそれだけ近いのですね。


そう思うと、
自分のちっぽけな理想郷(天国)
なんかを追い求めるよりは、
素直さを磨いたり、
人の話をよく聞いたり、
利他行に徹して生きたほうが、
心安らかに生きられるのだと思います。



  ただね、見返りは
    何もないかもしれない。


それは、キリストやブッダの
受難の人生を見ると
わかりますよね。
生きている間、彼らは、
迫害されたり、
無用の恨みを買うことが多く、
富も権力も何も得ようと
しませんでした。

それでも彼らは迷いなく、
何も得られなくても、ただ
人のために生きた。

そして
その心は、


不思議と安らかだったと思うのです。




何も得られないことのほうが、本当は
尊いのかもしれませんね。


ぶどう



ほんとは、
きれいな言葉になればなるほど、
こうして語っている自分って、
嘘っぽいなあと思います。

生き方で体現できてなきゃ、
いくら口先だけで語っても
意味はない。

でも、何はなくとも、
出発点は人間だものネ。
がんばりましょ〜o(^▽^)o
すごい、、、。そうだったんですね!
人間界からならいけるというのもうなずける。
しかし、四聖には程遠い。。。(笑)
今生も、人と人との間で苦しみ、そして楽しみます♪
素敵で大切なお話、ありがとうございます♪


an | 2007/05/26 10:25
なんか何回も読んでしまいました。
さくらさん、いつもありがとう!(^。^)
シロー | 2007/05/26 11:21
anさん、シローさん、コメントありがとちゃんです♪

♪anさん
仏教や禅のお話って、深くって面白いですよね〜(^0^)
私も思わずメモってしまったっていう感じでした♪
人と人との間にいること、一緒に楽しみましょネ(≧▽≦)

♪シローちゃん
何回も読んでくれてうれしいポ〜ン!
仏教って人の心を科学した
実践理論だよね(^^)だから、何回読んでも
響くのかも。。。こちらこそいつもありがとポン♪ね。

さくらみゆき | 2007/05/26 23:56
四聖には、人間界からしかいけないというのは、驚きました。

「こうなろう」「こうなるべきだ」という風にしてなっていくのではなく、自然に心からでてくる思いをたよりに生きて行ったら、ふと見まわすと、尊い境地へ行けていたというのがいいなぁと思いました。

ブルーベリーの写真や、最後のお言葉など癒されました。
感謝です。
nabe | 2017/12/25 22:29
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