こんにちは。絵と文のイラストレーター、「さくらみ(さくらみゆき)」です。
こちらでは、イラスト制作風景や、日常の中のやさしい時間、
心躍るひとときを、イラストでお伝えしていきます。
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会津行(2) 野口英世の生家
会津磐梯山のふもと、
猪苗代湖には、
偉人として名高い
野口英世さんの生家が
ありました。



野口英世は、
「日本人の好きな科学者」の
堂々ぴかぴかナンバ−1ぴかぴかに輝き、
日本人の生活を支える
千円札のお顔にもなっています。



行ってみてびっくり(@o@)

だって、家が一件分、そのまんま
残っているんですよ!!


野口英世生家




家の上にあるのは、
巨大な保護用の屋根。
ここまでして、
在りし日の姿を残そうとした
郷土の皆さんの思いが
素晴らしいですよね。



敷地内には、
英世が2才のときに
重傷の火傷を負った囲炉裏や
お母さんが、
洗濯をしたという小川も
そのまま残っていました。


今は夏ですから、
笑ってみていられるものの、
冬の会津は豪雪地帯です。
きっと、小川での洗濯は、
指がしびれるほどに
冷たかったことでしょう。



この家の床柱には、
英世が上京するにあたって
決意して刻んだ言葉があります。

床柱

「志を得ざれば、
 再び此地を踏まず」

この一文から察するに、
英世は、この郷土に、
人一倍強い思い入れが
あったのでしょう。
愛着がなければ書けない
言葉ですものね。





さて、ところで
みなさんは、野口英世の伝記、
読んだことがありますか?

私は子供の頃に
読みました(^^)
すごく苦労して
立派になった人だという
印象です。



会津から東京に帰って、
野口英世のことを
再度調べてみたのですが、
あらためて

「すご〜〜〜い!!!」

と思いました。




何がすごいって、その

 
遊郭での放蕩癖と、
  借金の踏み倒し度(☆▽☆)




17才から、筋金入りの
「遊び人」人生を
送っておられたようで、
日本ではもちろん、
アメリカに渡ってからも、
研究仲間の間では
「野口には金を貸すな」
と言うのが合い言葉
だったとか(^^;)



学生時代から野口英世に
多額のお金を用立てし、
ときには、
自ら借金をしても
英世にお金をつぎ込んだ
血脇さんという
医科歯科大学の創設者は、後に

「男に惚れてはならぬ」

と、
息子さんに語ったそうです(笑)


もっとも、男性の皆さん。
男が惚れてしまうほどの
男に会ったということは、
きっと、またとない
至上の喜びでもあるのでは?(≧▽≦)


こみあげてくる
吹き出し笑いをおさえつつ、
うわあ、いいエピソードだなあ、
この話ラブと、
思わず心に灯がともって
しまいました(^o^)





英世が、
坪内逍遥の小説を読んで、
主人公の医学生と、
自分の名前が酷似しているうえに、
遊郭での放蕩癖までもが
そっくりであることに
ショックを受けて、
名前を自ら「英世」に
改名したというエピソードも、
なんだか可愛いらしい(^▽^)
(実際に小説が書かれたのは
 英世が7才のときのことなので、
 モデルとしたわけではないのですが)



でも、一方では、
誰よりも研究熱心で、
アメリカ人が
「日本人はいつ寝ているのか」
と言ったほど。
実際、英世の睡眠時間は、
一日たったの
3時間だったそうです。





ところで私は、今回の旅、
みんなの人気者
「会津若松の小学校教師☆
 いのっち先生」を
ひとりじめしてしまい汗
ほとんどの場所を
いのっちの解説付きで
廻ったという、幸せ者でした。




いのっち






いのっちもやっぱり、
先ほどのような野口英世像を
教えてくれました。

「野口英世さんってさ、
 すっごい人間くさい人
 だったんだよー。
 お金にも、女の人にも
 だらしがなくって。

 でも、借りたお金も
 返さないうちに、みんながまた
 お金を貸しちゃうっていう、
 人間的魅力があったみたいでね」


へえええーーー!!!

「だからね、やっぱり
 誰がすごいって、お母さんが
 すごいんだよね」

ひらめきなるほど。


「アメリカでも、
 なかなか認めてもらえなくて、
 だから、
 誰もやらない毒蛇の研究とかを
 率先してやって、
 みるみる業績を上げたんだよ」


なるほどね〜!
確かに、
母シカさんのお手紙は
読むだに、親心がじーんと
染みわたってきます。

   ↓


母シカから英世さんへの手紙
「おまイの。しせ(出世)にわ。
みなたまけ(驚ろき)ました。
わたくしもよろこんでをりまする。

なかた(中田)のかんのんさまに。
さまにねん(毎年)。
よこもり(夜篭り)を。
いたしました。

べん京なぼでも(勉強いくらしても)。
きりかない。
いぼし。
ほわ(烏帽子=近所の地名 には)
こまりおりますか。
おまいか。きたならば。
もしわけ(申し訳)かてきましよ。

はるになるト。
みなほかいド(北海道)に。
いてしまいます。
わたしも。
こころぼそくありまする。
ドか(どうか)はやく。
きてくだされ。

かねを。もろた。
こトたれにこきかせません。
それをきかせるト
みなのれて(飲まれて)。
しまいます。
はやくきてくたされ。
はやくきてくたされ
はやくきてくたされ。
はやくきてくたされ。

いしよ(一生)のたのみて。
ありまする。
にし(西)さむいてわ。
おかみ(拝み)。
ひかしさむいてわおかみ。
しております。

きた(北)さむいては
おかみおります。
みなみ(南)たむいてわ
おかんておりまする。
ついたち(一日)にわ
しおたち(塩絶ち)を
しております。

ゐ少さま
(栄昌様=修験道の僧侶の名前)に。
ついたちにわ
おかんてもろておりまする。
なにおわすれても。
これわすれません。
さしん(写真)おみるト。
いただいておりまする。
はやくきてくたされ。
いつくるトおせて(教えて)
くたされ。

これのへんちちまちて
(返事を待って)
をりまする。
ねてもねむれません。」






母シカの手紙





…やっぱり、
母の思いは、
万人に共通して、
胸に響くものがありますね( i ▽ i )


そういえば、
私事ではありますが、
私もニューヨークに
留学していたとき、
母が覚えたてのパソコンで、
こんなメールを
送ってきたことがありました。



「みーちやん
 とうきよ、は、こんや、
 月が出ています。
 みーちやんの所にも
 おなじ月とおもたら、
 うれしくて、
 月にむかて、み−ちやん、
 がんばれがんばれと
 いいました。
 みーこさまにあいたいよ。
 元気でね。やさいたべてね。
 よくねてね。まま」



このたどたどしさは、
母がパソコン習いたて
だったためで
だ小さい「や」や「つ」などの
変換ができないのね。

でも、娘にメールを
送りたいが一心で、
パソコン教室に通った
母のメールを
異国で読んだときは、
さすがの私もキュンと
したものです。
(ま、そのわりには、
 NY911テロのときは、
 全然心配してくれ
 なかったんだけどサ…)

母の愛とは
ありがたいものですね(T▽T)





余談になってしまいましたが、
とにかく、
お札になったほどの偉人が、
子供の頃に読んだ
「英雄像」以外に、
人間くさい人であった!
ということを知るのは、
身近に感じられて、
じつに励みになりませんか 
o(^^)oぴかぴか


いのっち先生の
おばあちゃんは、
友だちが野口英世から
ラブレターをもらって困っていた
と話してくれたそうですよ(≧▽≦)




野口英世さんは、
じつは身長も、
なんと153センチと小柄。


いろんなコンプレックスを、
研究ひとすじ、
遊蕩ひとすじで
打破していった、
波瀾万丈の人生だったので
しょう。

でも、男が惚れるほどの
魅力があったというのが、
やっぱりいいなあ(^o^)ぴかぴか

こうしてみると、
野口英世は、母を始めとして、
たくさんの仲間に支えられて
生きた英雄だったんですね。

その受け継いだ愛やお金を、
余すところなく力に変えて、
人類の明日に貢献し、
51才で亡くなりました。



研究室


「野口英世語録」


●人生の最大の幸福は
一家の和楽である。


円満なる親子、
兄弟、師弟、友人の愛情に
生きるより
切なるものはない。



●努力だ、勉強だ、
それが天才だ。
誰よりも、3倍、4倍、5倍
勉強する者、それが天才だ。



●絶望のどん底にいると
想像し、泣き言をいって
絶望しているのは、
自分の成功を妨げ、
そのうえ、心の平安を乱す
ばかりだ。



●「偉ぐなるのが
敵討[ガタキウ]ちだ」(口語)




●学問は一種の
ギャンブルである。




●名誉のためなら
危ない橋でも渡る。




●忍耐は苦い。しかし、
その実は甘い。(原典フランス語)
(以上、Wikipedia野口英世より)




白虎隊のように、
清廉潔白のまま、
若くして亡くなった人たち
がいる一方で、
野口英世のように、
波瀾万丈な人生を
生きぬいた人もいる。




両極の人の生き方に
ふれることができ、
私は、会津が
ますます大好きに
なりました(=^^=)




(今回の日記の
 野口英世に関する写真は、
 野口英世記念館の
 パンフレットより
 引用しました)



では、最後に、
裏磐梯の「朝のお散歩」から、
素晴らしい景色を
どうぞラブ
こめら
そういえば、
この↑ペンション「こめら」
のオヤジさんも、
面白い方でしたね!


裏磐梯裏磐梯
夜の散歩では、
この写真の右上のほうに、
月がかかっていました。


裏磐梯




裏磐梯

いのっちは、
池の鴨が、
浮き草をかきわけて
進んだあとに
道すじができていることに
感動して言いました。

「やっぱり、切り開けば、
 道すじができるんだねぇ。
 1羽目のあとを追う
 2羽目は、きっと、
 泳ぎやすいんだろうね」

何にでも感動できる
いのっちこそ、ぴかぴかステキ。


裏磐梯
向こうに
うっすらと見える、
美しい湖、
わかりますか?
磐梯山の周りには、
こんな、たくさんの
美しい湖があるそうですよ。


裏磐梯



裏磐梯


裏磐梯



よく「空気がおいしい」
と言いますが、
ほんと、瓶詰めにして
持って帰りたいほど、
会津のすべてが
澄み切っていました。

言葉にならないほど、
うれしかった。

ステキな旅をありがとうね。



裏磐梯








とても良い記事ですね!!

感動しました!
イーね面 | 2008/08/18 01:37
COMMENT









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