こんにちは。絵と文のイラストレーター、「さくらみ(さくらみゆき)」です。
こちらでは、イラスト制作風景や、日常の中のやさしい時間、
心躍るひとときを、イラストでお伝えしていきます。
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気分を変えて♪
















ほぼ日手帳は、いつも家置きしています

ジッパーズは外出用



いろいろ細かいものも入れてみました。
       ↓


カスタマイズは、楽しかったです






森のこみちで


これはもう一ヶ月以上も前に、
撮った写真



あの頃から、
は、もう、始まっていたのネ







今夜は、
世界中の音が無くなったみたいに
静かな、静かな雨の夜です


ということで、今夜の歌は

 し〜ずか〜な し〜ずかな♪
 里の秋〜♪


…おっと、しみるぜぃ



ちなみに私の一番好きな秋の歌は
「真っ赤だな」


 ♪し〜ずむ夕陽に照らされて〜♪

 ♪真っ赤なほっぺたの きみと僕〜♪


というあたりで、見事、
胸がキュ〜ンとなります



JUGEMテーマ:日常

小さな晩ご飯♪



冷蔵庫にあった野菜を、
片っ端から茹でて、
冷凍保存しておいたのを、

今、せっせと食べています。


いつも「茹でたて」を原則としていた
わが家としては、味も固さも
「う〜ん…やっぱり冷凍ね…」
という感じ


特に長ネギは、
「茹でずに刻んで、
 そのまま冷凍庫で、バッチリ保存できます」
と書いてあったのですが、


…いけません、
どーも、いけません


やっぱりネギは、生に限る


量もまだ、
一人分を作るのに慣れず、
つい、二人分作ってしまいます


(そういえば、
 そんな歌詞の演歌があったような
 気がする!?)


だから二日間、
ほとんど同じメニューが
並ぶことも…


でも、
やっぱり晩ご飯の時間って好き


作るのも好き

食べるのも好き


私にとっての、
小さくて確かな幸せや思い出が
ぎゅ〜っとつまった大切な時間です。


よ〜く味わって、しっかりいただきましょ
o(^^)o



すっかり秋の気配



久しぶりにいつもの公園に
ウォーキングに行ったら、



すっかり秋の気配になっていました。 


というワケで、思わず口ずさむアノ歌…



「風立ちぬ〜♪ 今は〜秋♪」




121022_1432%7E01.jpg


かわいいコムラサキのツブツブ♪

おいしそうな仁丹に見えます





コチラ↓は、皇居前から
東京駅丸ノ内駅舎を見たところ


ん〜、やっぱり、
携帯電話のカメラで撮った写真じゃ
小さすぎて、全然見えない!?

でも、いちょうの葉っぱが、
何故かここの並木だけ
けっこうな黄緑色になっていて
ビックリしました。


東京のいちょうは
12月がシーズンなので、
いくら何でも早すぎるような…!?

なぜでしょうネ?





今日は、ウォーキングしたら、
ちょっと元気になりましたo(^^)o

有酸素運動、すごい!



JUGEMテーマ:東京散歩
母のこと

今日は少しだけ、

母のことを書かせてください。

 
私の母は10月最初の木曜日の夜、
外出先からたいへん疲れて帰ってきて、
夜寝るときに
今まで一度も聞いたことのなかった
「ゼエゼエ」
というおかしな咳をしました。
 
その翌日は、
朝から、夕食時まで、
「少しだるい」と言いながらも、
いつもと同じように元気に過ごしていました。
 
「ゆうべは聞いたことない、変な咳を
 してたから、病院に行ったほうがいいよ」
と言うのも聞かずに、
オシャレをして外出し、外食もし、
うかがった先で
おしゃべりもたくさんして帰ってきて、
夕食には、私の作ったパスタ(母の大好物)を
ペロリと平らげてくれました。

 
その後も、2時間くらいはいつも通り、
冗談も言ったりして笑っていたのですが、
ベッドに横になってから、
また「ゼエゼエ」という咳をし出し、
「このままじゃ眠れないから救急外来に行く」と
自分から言い出して、お気に入りの服に着替え、
お気に入りのバッグを持って
玄関先で私を待っていました。

 
ところが、私が
救急外来に電話をしているうちに
(行く前に電話確認が必要なのです)
突然、苦しくなってしまったようで、
一歩でも早く行こうと思ったのか、
母は一人で家を飛び出し、エレベーターに
乗ってしまったのです。

 
戸締まりもそこそこに
大急ぎで追いかけたのですが、
寸前でエレベーターの扉が閉まってしまい、
階段で追いかけたところ、
母は、一階のエレベーターホールで
倒れていました。

 
救急車を待っている間に、
末期の下顎呼吸になってしまったので、
心臓マッサージやAEDをしました。
ちょうどお勤め帰りに通りかかった
同じマンションの方にも、
ずいぶん助けていただいたのですが、
別れは、あまりにも突然でした。

 
最後まで力を尽くしてくださった
救急外来のお医者さまによると、
肺に水が70%もたまっていたそうで、
これは心臓が、半年から数ヶ月という
長い時間をかけて弱ってきていた
証拠だそうです。


 
でも、
本人には普段から
「胸が苦しい」などと言った
自覚症状は一切なく、
9月に受けた血液検査の結果も良好でしたし、
いつもハツラツとして、
外見も若々しく、
生活を共にしていた私から見ても、
それを予見させる症状は、
全く見当たりませんでした。

 
だから、本人も、一番ビックリしたのではないか
と思います。
 
(追記:病名は「突発性虚血性心不全」で、
突然死では、一番多い死因とのことです。
その大元になる原因として、
「弁膜症」があるとのこと。
 
実は、半年前、
母は不整脈から弁膜症と診断されていました。
ただ、その再検査の際に、
今のところはあまり心配はいらないとの
ことだったので、本人も、その後、
まったく意識していないかったと思います。
全然別の心配…
たとえば将来、緑内障になったり、
糖尿病になったらどうしようとか、
そういった心配しかしていませんでした)

 
その一方で、母の魂は、
自分でも全く意識しないところで、
この日をこうやって迎えようと決めていたのかも
しれない…というようなことも、
あとになって、いろいろ出てきました。
 
救急車で運び込まれた救命外来は、
私が最初に電話した病院ではなく、
母の大好きな父や石原裕次郎さんの、
ゆかりの大学病院になりましたし、

 
兄の家族が病院に駆けつけ、
全員で耳元に「ありがとう」の言葉をかけるまで、
母の心臓はもう一度、自力で、動いてくれました。
 
また、これには本当に驚かされたのですが、
自分の四十九日が、大好きな父の命日と、
ピッタリ合うようになっていました。
 
亡くなる三日前には、
美容院にも行って、
キレイでオシャレな、可愛いサチボンで
過ごしておりました。

 
何より、このブログにも載せましたが、
一週間前には、
母と私は、ふたりで軽井沢に
旅行に行っています。
 
ほんとうに、夢のように楽しい旅でした。
一緒に眺める景色は、
台風一過で、輝かんばかりに美しく、
食べものはおいしいものばかり、
ケンカすることも一度もなく、
お茶目なコト続出で、笑ってばかりの、
本当に、すべてが出来過ぎなくらいの旅でした。

 
お風呂では、
背中を流させてもらったり、
湯船で大根足を並べて、
足の太さを競いあったりもしたんですよ。

 
軽井沢は、私が赤ちゃんの頃から、
毎年、両親や兄と4人で旅行していた、
とても思い出深い土地です。

 
20年以上前に父が亡くなってからは
母は行きたがらなかったのですが、
久しぶりに訪れてみると、
懐かしいことこの上なかったようで、
母は記憶の鮮明さに感動し、
兄や私の子どもの頃の様子や、
父との思い出を、しきりと語ってくれました。

 
今思うと、
そうしたこと全てが
母のメッセージのようで、
残された私たちの悲しみが
少しでも軽減するようにとおもんぱかってくれた
サチボンの愛を感じずにはいられません。

 
人間とは、こうも見事に生き、死に、
その学びを子どもに残していくものなのか
と思います。

 
今、胸にある思いを
一言で表すとするならば、
私は、父と母の娘に生まれてきて、
本当に、良かったです。

 
もっとあっさりと書こうと思っていたのですが、
自分の心を整理しながら、
今しか言えないこともあると思って、
迷いながらも書いてみました。

 
おつきあいくださいまして、
ありがとうございました。

 
私はこれから、
兄の一家とも仲良くしながら、
母と二人分の気持ちで生きてまいります。
 
どうか、今後とも、ご指導ご鞭撻のほど、
よろしくお願いいたします。

 
あたたかいメッセージや、お電話、
お香典、お花など、
お気持ちをお寄せくださった皆さま、
母のために冥福を祈ってくださった皆さまがたに、
心より感謝申し上げます。
ありがとうございました。

 
ご報告
長い間、ブログをお休みにしてしまって
すみません。


ちょうど一週間前の
金曜から土曜にかけての夜、
私の生活のパートナーでもあった
母が、突然他界いたしました。


あまりにも急な出来事であり、
また、その後
葬儀やいろいろな手続きなどもありまして、
まだ毎日バタバタしております。


ブログの更新は、もう1、2週間ほど
お待ちいただければと思います。


ブログを読んでくださるみなさまには、
「サチボンのファンです」
と言ってくださる方が多くおられ、
故人も、たいへん喜んでおりました。


今までサチボンを
可愛がっていただきまして
本当にありがとうございました。


私自身は、今は
お骨になって家に戻ってきた母と
一緒に暮らしているので、
気持ちもだいぶ落ち着いてきました。


キュートな母の笑顔の写真に励まされ、
わたしも笑顔で生活しておりますので、
どうぞご心配なく。


お仕事のご連絡につきましては、
来週以降は「通常通り」とさせていただきます。

ホームページ、または私のメールアドレスの
ほうまでご連絡いただければ、
ありがたく思います。

よろしくお願いいたします。



わたしのデビュー作
(夜の半蔵門と、国会議事堂と、東京タワー)


写真とは全然関係のない話になりますが…

軽井沢で台風に追いつかれて
びしょびしょになったときのことです



(旅の絵日記より)


こういうこともあろうかと思い、
自転車を貸してくださったお店で、
あらかじめ雨合羽は購入しておいたのですが、

その雨合羽で、ビシビシと雨に打たれながら、
ふと、思い出したことがあったのです



 「雨合羽」 

     +「自転車」 

  +「目が痛いほどの雨


ん? 何か、
記憶の端にひっかかるものが。



この記憶はもしかして、ベ








 ベトナム??


そう。
あれはもう、14年も前のこと。


雨合羽で装備した私は、
やむにやまれぬ事情から、
ベトナムの田舎町を、
おっちゃんの背中につかまりバイクにまたがって、
全力疾走したことがあったのです。


しかも、そのときのことが、
ナント、








マンガになって残っていました!
(すごいなー(@@;))


しかも、よく考えてみれば、
このマンガは
私の「デビュー作」だったのです。


(デビュー作…うひゃー(@@;)


のまどweb.jpg


掲載してくださっていたのは、
「世界を旅する遊牧民 のまど」という雑誌。

当時、旅行会社のH.I.Sさんが出されていた
旅がテーマのA4版小冊子です。

(ネットで調べたら、「のまど」のロゴが、
 そのまま本屋さんになって残ってました!
 すごい! →旅の本屋のまど


2000年10月の発刊ということは、
旅から帰って2年後に書いたマンガということに
なるのかな。


「のまど」は、このあと
翌年2001年のニューヨークテロ事件の報告記まで、
私のマンガを連載してくださったという、
大変ありがたい雑誌でした。
(その後すぐ、廃刊になっちゃったのですけど)


私は当時、イラストレーターになって
まだ3年目。


イラストのお仕事はバリバリしていましたが、
絵はまだ下手だったし、
マンガを書くなんてだいそれたことは、
小指のツメの先ほども
考えたことがありませんでした。


しかし、ココまで書いたら
今日はそのデビュー作、
やっぱり載せるしかないですよね…うん。


絵も、コマわりも、文字の方向も、
そしてオチも、
かなり未熟ではありますが、
まあ、笑って読んでやってくださいませ。


では、スタート!





















(ちょっと説明)
S社とは、ベトナム旅行者には
有名な旅行会社「シン・カフェ」さんのことです。


ベトナムは、日本と似て、
たてに細長〜い国なのですが、
南の端から、北のはずれまで、
この「シン・カフェ」の経営する「長距離バス」が
主要な町をつないでくれており、
旅行者にとっては、
たいへんありがたい「足がわり」になっているのです。


前日に「泊まるホテル」を書いて予約しておくと、
長距離バスが、朝、お迎えに寄ってくれ、
町中の観光客をじょじょにピックアップしてから、
全員そろったところで次の町に向かうという、
とても便利な仕組みになっていました。



黄色い国がベトナムです。
ねっ? 細長いでしょう?


私がこのときピックアップを待っていたのは、
地図で言うところの、
でっぱったおへそみたいな位置にある
「ニャチャン」
ここから上の「ホイアン」という都市まで
一日がかりで旅をする予定になっていました。

ところが、このバスが
待てども待てどもやってこない…






他にも旅行者がぎっしり乗っている
大型長距離バスのはずが、

なぜか
旅行者が他に一人も乗っていない
従業員だらけのミニバス…

おかしいなー??と思ったのですが、
とりあえず、乗ると
























まあ、ここまでは
当時のベトナムでは、わりと
ありがちなことかも…



3−1.jpg






3-2.jpg














(軽井沢でよみがえったのは
 このときの記憶だったというわけ…)






それにしても、このときは、
よくぞ追いついた!と思います。


最初のビックリは、ここまで来る
途中で、おんぼろバイクの
ガソリンが切れたこと。


「こんな山奥で、あわわわわ…
と思っていたら、


汚な〜いペットボトル入りの液体が
3本くらい置いてある小さなテントが
道ばたにあって、

おじさんは、その液体を
トポトポトポ…とガソリンタンクに入れ、
私にそのガソリン代金を払わせると、
何事もなかったように、
再び走り出したのでした。


「そうか、この国ではガソリンって
 ああやって売られているのね…」
と私は思いました。



ほどなくして、
猛烈な雨…スコールが降ってきたのですが、

今思うと、あの急な、どろんこの山道を、
あんなオンボロバイクで、
よくぞケガもなく、乗り切った!という感じ。



やがて雨は弱まってきたのですが、
一度ずぶぬれになった体が、
寒い! とにかく寒い!


すると、おじさんが
自分も寒かったからでしょうね、
「コールド? コールド?」
と言いながら、
何度も私のほうを振り返って
片手で私のジーンズの太ももを
さす〜り、さす〜り、なでなでなで…


もうっ! コールドじゃないよっっ!!
さわらないで、前向いてよ!


と思いましたよ〜



心細い旅路のすえ、ようやく
大型長距離バスが遠くに見えてきたときは、
さすがに
涙が出るほど嬉しかったです。


日本に帰ってからこのときの話をすると、
「信じられない!
 どうしてわざわざアジアの方なんて行くの?
 どうせ行くならヨーロッパでしょう」
と言う人もいましたが、


両方とも行ってみての感想は、
やっぱりヨーロッパより、
アジアのほうが断然、面白かったなあ。



続出するハプニングに、
全身全霊で対応しようとする自分、

つまり魂がスイッチオン状態に
なるんですね。


加えて、同じアジア人。

肌の色も、顔も、
国によって全然違う造りなんだけど、
どの国の人も、
背の高さや、食べもの、祈りの姿勢などが
どことなく似ていて、
不思議な親近感があるのです。


「膝をさす〜り、さす〜り、なでなで」
も「この場合は許せる範囲」と、
肌感覚と直感で判断できた感じ。



今でもシン・カフェさんは、
ベトナムで
信頼のおける旅行社として健在のごようす。

何より、
従業員の皆さんは、笑顔もピカピカで
優しかったなあ

おかげで、その後も無事に
旅を続けることができました。

良かった良かった♪


でももう、あんなスゴい体験は、
今のベトナムに行っても、
できないだろうなあと思います。
ドイモイ政策で、かなり開発が
進んでしまったらしいので…。


さて、マンガのオチです






(おしまい)



ああ、果たして
このオチは必要だったのか?


でも、あのころアジアの国は、本当に
ウンだらけだったのです
(ひょっとして今もそうかもしれない…)

トイレなんかは、
意外と日本より、タイやベトナムのほうが
キレイだったですけどもネ



以上、A4の2ページ展開でした。



それにしても、わたし、
今気付いたんですが、
デビュー作のオチが「ウン○」なんだ…



は〜〜〜、まったく…




なんてウンがいいのかしら〜(T▽T)


(と、無理矢理ポジティブに)



いろいろ思い出してみると、当時、
この雑誌の編集長だった斉木さんという方が
だいたい私と同じ年齢くらいの方
だったのですが、
とても頼りになる、
心あたたかき編集長さんだったのです。



マンガなんて一度も書いたことないですと
心配する私に、

「大丈夫です。 
 さくらさんは、絶対に良いマンガを描けます。
 僕はそれを知っています。
 なぜだか、そうだと知っているんです」

と、静かに、力強く
励ましてくださったのです。

オチが下手でゴメンナサイと謝る私には

「オチがウン○、いいじゃないですか!
 海外の旅行者なら、
 誰だって共感持つことですよ」

と、一生懸命励ましてくださったのです。



もしこの方がいなかったら、私は、
その後マンガを書く機会には
恵まれなかったかもしれません。


「ポイっぽい仙人」も、
「ブッダを読む人は…」も
「人情力の梅岩さん」も、
「イマジンプラスさんのビジネス書」や
「大人の古文」も無かったかもしれません。

そう考えると、本当に
ありがたいことですね。


やっぱり、クリエイターというものは、
良き編集者さんにお会いできたとき、
はじめて新しいステップに進み、
才能を開けてゆく気がします。


当時は小さな小さな出版部だったけど、
心ある編集長さんだった
斉木さんには、あらためて感謝です



オチを「ウン」にしたのも、やっぱり
良かったのかもネ〜、
ンフフ(^-^)



JUGEMテーマ:アジア

(2012.10.12追記)
ねがささま、記事にコメントいただき
ありがとうございました。
しばらくの間、コメント欄を閉じさせて
いただきますが、ご了承ください。
また改めてお返事させていただきます。

起点、終点、またいつか♪



お決まりの写真になってしまいますが、 
せっかく10月1日に東京駅に帰り着いたので、
一応撮っておきました♪



干支のレリーフのドームの下

人っこ一人、写っていないけど、
このドームの下には、
私のような携帯撮影隊が、それはもう
わんさかいて、
ひっきりなしに
あおむいて撮影しているのですヨ



こちらは、
サチボンお気に入りのCG画像

絵は、ドームの形が以前のままだけど↑
このあともアニメが続いて、
だんだん絵が変わっていくのかな?

次に来たとき
ゆっくり見て、確認してみましょ




本当は、丸ビル5階まで行けば、
ドームの屋根までキレイに撮影できるんですけど、

今日は
デジカメは壊れちゃったし、
旅の疲れもあり…で、
屋根無しでご勘弁を


でも…おめでとう♪東京駅♪

この駅は、数ある駅のなかでも、
いちばん好きな駅です。

だから、やっぱり嬉しい!


またここから、いっぱい、
旅に出かけましょうネ♡


JUGEMテーマ:モブログ
標高940m! 


以前、長野県の安曇野市に行ったとき、
標高550mでしたが、
ものすごく日焼けしてしまい、

以来、
「標高の高いところに行くときは、
 UVケアをいつも以上に気をつけよう!」
が私の合い言葉になっちょります


軽井沢は、駅の標高からして、
すでに940m…

かなり気をつけなくっちゃ!




今日は、昨日の台風のおかげで、
お日さまの照射、ものっすごかった☆

サングラスも重宝しました 


軽井沢現代美術館のノートに…
ただいま、母サチボンと絶賛旅行中です♪

で、現代美術館の
「感想&訪問ノート」に、
サチボンを書いてきちゃった♪
 
サチボンは、
奈良美智さん、草間弥生さん、
どっちもいたくお気に召していました。
 
なんでも、
「ものすごく共感できる!」そうですヨ。
さすがですネ!?